この物語は、
一人の疲れ切った
社会人から始まります。
20代も半ば…
周りはみんな
「将来」を見据えて
自分らしい人生を描くなか
私は、やりたいことも
欲しいものも
自分の価値も
生きる意味すら
見当たらない…
そんな漠然とした
不安に襲われながら
「こんな自分なんて」と
自己否定を続ける毎日を
繰り返していました。
自分の本音を押し殺し
求められた「偽りの自分」を
演じ続けていた私は
心のどこかでは
「このままじゃ嫌だ」
と思いながらも
その声を無視し
淡々と日々を
やり過ごすしかない。
時には、
どうにか変わりたい!
そう立ち上がっては
自己啓発本を
読み漁り
SNSで
解消法を探し続ける
いつか変われるはずと
願い続けて
そんな淡い期待で
輝く未来を
夢見ていたけれど、
どんなに情報を集めても
何も変わらない。
自己犠牲は続き、
気づけば
自己否定のループから
抜け出すこともできず、
心と体が限界を迎え
うつ病・不眠症と
診断されました。
そんな私が、
自分と向き合い
「本音」を見つけて
受け入れることができた。
本当の自分を取り戻して
口から出たのは
「生きててよかった」
という言葉…
自己犠牲と我慢でしか
生き抜けなかったあの頃
生きる意味を見失うほどに
どん底へ落ちていた私が
今では、安心して
朝を迎えられています。
周りのように、決して
強く大きな輝きでなくとも
毎日が小さな幸せで溢れ
心から笑顔になれた。
これは、そんな私だけの
「自分史上最高の人生」を
手に入れるまでの
私の人生大逆転ストーリー

こんばんは!
スイです。
今日は
他人から求められる
偽りの自分をずっと演じて
生きてきたことで
そんな裏表のある自分が大嫌い。
自己犠牲と我慢の繰り返しで
心と体が限界を迎えて
うつ病・不眠症に
なってしまった結果、
生きる意味を失い
どん底に落ちてしまった私が…
自分を知り、本音を
受け入れられたことで
毎晩恒例のひとり反省会で
自分を否定することもなくなり
安心して毎日を
迎えられるようになった。
ずっと答えられなかった
「どうしたい?」の答えが見つかり
それを選べる喜びを知って
笑顔が増えた。
そんな、
人生が180度変わった過程を
包み隠さず
全てお伝えします。

この記事に
書かれていることは
わたしの過去であり
紛れもない事実です。
途中で目を背けたくなる
ところもあるかもしれません。
正直、ここまで
全てを話すことは
とても勇気が必要でした。
思い出すだけで
あの地獄のような日々が
また蘇ってしまうかも…
と、怖かったからです。

しかし、わたしは
その地獄のような過去を
乗りこえて今ここにいます。
そして、あなたにも
わたしの過去を
知ってほしいと思っています。
なぜなら…
わたしの過去を曝け出すことで
小さな一歩でも、
あなたが前に進む
勇気の糧にしてほしいから。
あなたには
わたしのように
辛くて苦しい気持ちに
なってほしくないのです。
だからこそ、
まずはお願いです。
自分の思い描いた
輝く未来を手に入れることを
絶対に諦めないでください。

たとえ
すぐにほしい結果に
繋がらなくてもです。
正しい努力をすれば
必ずあなた自身の力で
偽りの自分ではなく
本当の自分と生きることができます。
この事実を
あなたにお伝えしたくて
たくさん悩んだ結果、
この記事を書くことにしました。
わたしの過去を知って
あなたが一歩踏み出すための
糧に変えてください。

これからお話するのは
偽りの自分を演じては
自分の価値を失い
うつ病や不眠症に
悩まされては
生きる意味ごと見失っていた
25歳のわたしが
たった一つのきっかけで
人生が180度変わったお話です。

わたしは、幼少期から
親の愛を受け取れず
生きてきました。
その結果、大人になっても
辛くてもうわべの笑顔
他人を優先しすぎて
自分はもちろん後回し。
いつでも人の機嫌と
顔色を気にしては
自分の気持ちを
押し殺し続けて
求められた
「相手の理想の姿」を
演じ続けた結果…
自分が分からなくなって
苦しみから
抜け出せなくなった
こんなにも
生きづらかった私が
自分を知り受け入れることで
偽りの自分とお別れして
「本当の自分」を知って
安心して毎日を
歩めるようになった。
絶望しかない。と
決めつけていたこの人生で
「わたしも
幸せになって良いんだ」
「人生って、
こんなに楽しかったんだ」
と思えるようになった。
そんな、
ウソみたいなホントの話。

正直、過去のわたしは
生きづらさばかりで
明日に希望なんて
持てませんでした。
真っ黒なトンネルを
歩き続けて出口なんて
分からない。
どん底な人生を
歩んでいたわたしが
あるきっかけで
人生が大きく変わった話を
お伝えします。
正直、辛い表現も
たくさんありますが
わたしの経験が
あなたの役に立てればと思い
全てを包み隠さず
お話します。

わたしは、
とある老舗飲食店の
末っ子として生まれました。
幼い頃から
「明るいね」「よく笑うね」
と言われていたわたしですが
すでにその笑顔の裏には
「我慢」が染み付いていました。
親は毎日忙しく、
そのストレスを
ギャンブルで発散する。
常に親は自分の近くにはおらず、
祖母が唯一の育ての親でした。
気がつけば、わたしには
「心配をかけないようにしよう」
「甘えても意味ないし」
そんな思いが、
心の中に根付いていたのです。

一人でも寂しくない。
兄のように
親に迷惑をかけないように。
そんな言い聞かせから
自分の気持ちを抑え込み
本当は傷ついていた心を
平気なフリをして
必死に守ろうとしていました。
また、幼い頃から
いつも家庭内には
謎の緊張感があり
わたしはそれを敏感に
感じ取ってはびくびくと怯え
心の中で恐怖と不安を
抱えながら
過ごしていました。
今思えば、その頃から
「存在感をだして
刺激してはいけない」
「いつでも明るく
”大丈夫な自分”でいないと」
と、存在感が薄くなったり
辛い時ほど笑いながら話すくせが
ついてしまっていたのです。

例えば、わたしが
「こんなことがあってね!」
「こんな風に思ってて!」
と話せば、返ってくる言葉は
『いいから黙ってて』
泣いたり、怒ったりしても
『笑いながら放置』
今でも、一番覚えている
幼少期の”思い出”は…
なぜだか
無性に寂しくなって
パチンコに行こうとする母に
「行かないで!!!」と
泣きじゃくりすがったあの日。

5歳ほどだったわたしは
「どうしても一緒にいたい」と
めずらしく大泣きしました。
それでも、わたしを
振り払おうとする母に
息ができないほどに泣いて
お漏らしまでしてしまった私。
しかし、
私の目に映ったのは
出ていく母の背中と
アパートの玄関のドア。
あのオレンジの鉄ドアが
「ガチャリ」と閉まる時に
冷たく響いたあの音を
今でも覚えています。
そんな毎日の繰り返しで
わたしは、
人に自分の気持ちを
伝えることをやめてしまいました。

「私みたいな人間が
大切にされるわけがない」
「こんな人間が
幸せになれるわけがない」
年齢を重ねるたびに
そんな気持ちを抱くように
なったのは
幼い頃に
正しく愛されなかった
経験から…
「私が生まれてこなければ
親は楽だったかもしれない」
そんな風に
自分を責めてしまう癖まで
ついていった結果、
感情を抑えることが
「自分を守る唯一の方法」だと
信じ込むようになったのです。

「私は明るく
平気な自分でいよう」
自然とそんな癖が
身につき、
「人の顔色と機嫌に
合わせていい人を演じること」
「私が我慢して
大人らしい振る舞いをすれば
すべて丸くおさまる」
そう信じていました。

学校でも
「笑顔が一番のバリア」だと
毎朝自分に声をかけ
友人には
何も打ち明けられない。
わたしの家庭環境も
生きづらさと
闇を抱えていたことも
誰にも
バレていなかったでしょう
いえ、「バレてはいけない」
そう言い聞かせていたのです。

幼い頃から、
私は感情よりも
社会や周りにとっての
「正しさ」が最優先。
ずっと
「ありたい自分」ではなく
「他人が求める自分」を
演じて暮らしてきたのです。

高校受験時には、
すっかり
「自分の将来に
興味のない子ども」
親が進路希望表に書いた
読み方すらわからない
高校へ進学したその頃には
世間を騒がした
バブル崩壊の残り火で
我が家は火の車となり
「家計のために」
アルバイトを始めました。
それからずっと
働き続けていましたが
キャッシュカードは
親の管理の下。

23歳になるまでの
約5年間。わたしは…
自分で稼いだお金を
自分で下ろしたことが
ありませんでした。
渡したお金が
何に使われているか
知らぬまま
申し訳程度に渡された
5万円から
携帯代を払ったら
残りはほとんど
ギャンブルへ行くために
兄たちが借りに来る。
そしてまた、私は
その背中を見送るだけ…
こんな生活で
周りのみんなのように
「将来に希望を持つ」方が
難しい…と今ではわかります。
しかし、当時の私は
それが「おかしい」とは
思っていなかったのです。

早くから社会に出た私は
世の中では
「我慢をするのが当たり前」
「自分の幸せを差し置いて
自己犠牲をしてでも役に立て」
そんな姿勢が求められると
分かっていたからです。
まるで立派な人間のように
「周りが幸せなら
わたしは幸せです!」
と口にして言い聞かせては、
周りの称賛に
罪悪感を感じる毎日でした。
なぜ罪悪感を覚えるのか
なぜ「こんな自分が嫌いだ」
と感じるのか
それを考える余裕も
朝6時から深夜2時まで
働き続けていた私には
ありません。

いえ…本当は……
怖くて、その感情に
向き合おうと
していなかったのですね…
私の意識は常に
「とにかく自己犠牲精神」で
「人の役に立つために
自分が我慢する方がいい」
に向き続けていました。
しかし、そんな生き方は
長く続けられません。
25歳を迎えたある日…
私は、不眠症・うつ病
自律神経失調症を皮切りに
限界を迎えた心と体が
立て続けに壊れてしまったのです。

自分に我慢ばかりさせて
毎日何も望まず、
何も感じないように
生きてきた。だからこそ、
何のために生きているのか
誰のために生きているのか
分からなくなりました。
実は…
その2年前にも
「なんのために生きているか
わからなくなったこと」
があります。
うつ病になった25歳から
遡り23歳の夏の終わり…
両親の離婚がきっかけです。
衝撃の離婚理由は…
「お前だけ俺の子じゃない」
「(母)の浮気相手の子供だろ?」
と父が言い放ったから。
もちろん、100%
父の実子。
母も浮気する余裕すらない…
それまでの8年間。
迷惑をかけないように
高校の学費は自分で払い
父の店の借金を返して
父の手術費だって
私と母でなんとかしてきた。
19歳の頃に
父が働けなくなってからは
友達とも遊ばず、
寝る間も惜しんで
生活費を稼いできた。
当時の正直な気持ちは
「私の青春返してくれよ…」
そして、
「全部無意味だったんだ」
という喪失感さえ
感じていました。

しかし、ここで
また私の悪いくせ…
当時は、「仕方なかった」
で済ませてしまったのです。
「父にだって事情があったはず」
「そもそもそう思わせた
私が悪いんだし」
「自分が我慢すれば
すべて丸く収まるよね」
なんて考えて、
父を責めることも
本当に感じていた
悲しみや苦しみを曝け出し
人を頼ることも
できなかったのです。

「過去にもこの気持ち
味わったな…」と
当時、言い争っている
幻覚が見えるようになって
苦しんだことを
思い出した25歳の私は、
”どうにかしないと”と
焦りを感じながらも
何をどうしていいのか
全く分からず…
ただ時間だけが
過ぎていきました。
本当は自分を見つめなおす
必要があったのに…

自分に向き合うことから
逃げていたわたしは
25歳で、はじめて
うつ病や不眠症と診断された。
それでも、
人手不足だった職場に
「迷惑はかけられない…」
「どう思われるか怖い…」
「私が持ってる仕事は
他の人には任せることができないし…」
という思いで
休まず出勤していました…
時折、浮かんでくる
「しんどい」という本音を
必死に抑え込みながら
それでも仕事が始まれば
とにかく日常を
こなすことに精一杯。
心や体を休めることも
誰かに頼ることもせず
忙しさとプレッシャーに
押し潰されそうになりながら
家に帰りお決まりの第一声は
「ああ……疲れた……」
「もう人間に会いたくないな…」

そのままの流れで
毎晩恒例の「ひとり反省会」
何時間でも、何個でも出てくる
”自分の悪いところ”に
止まらぬ自己否定。
夜が更けるにつれて
とてつもない孤独感を感じ
言葉にならない焦りと
大きく覆い被さる恐怖が
心の中で渦巻きました。
数少ない休みですら
電気もつけずに
暗い部屋でただただ
自分を責めて
時間が過ぎるだけ。
「夜も怖いし朝も怖い…」
もう…明日なんて
来なければいいのに。
でも…このまま
今日が続くのは
『もっと怖い……』
まとまらない心と考えに
途方に暮れながら
副作用に苦しむ薬の効果も虚しく
いつも通り一睡もできずに
朝を迎えたある日。
『今夜、もうここで人生を
終わりにしよう…』
そう心に誓って
職場に向かいました。

とりあえず、
仕事だけは終えよう。
それだけを考えていた私に
突然の出会いが舞い降ります。
それは、職場で
お菓子を配っていた
職員さんに
自分が言ったひとつの言葉。
お菓子を差し出され
「どれがいい?」と聞かれて
「あの人は何がいいかな…」
「どの数が多いかな…」と
考えすぎて困っていた私を
不思議そうに見るその人に
私は自然と、この言葉を
口にしていたのです。
『自分で選んできた経験が少なくて…』
その瞬間、ようやく気付いたのです。
私はこれまで
「自分で選ぶ」という経験が
足りていなかったこと
そして、「自分の人生は
自分で選ばなければいけない」
ということに。

自分が
何が好きで、何が嫌いで
どうやって生きて
いきたいのか。
今までは
自分を否定するばかりで
自分のことを「知ろう」と
なんてしてきませんでした。
そのため「自分で選ぶこと」
をできずにいたのです。
私は、
誰かが望む基準がないと
選べない人間なんだ
と、初めて自覚したのです。

それを知った私は、
まず自分が何を感じているのか
抑え込んできた気持ちには
どんなものがあるのか
それらを言語化するところから
始めました。
「自分が自分の本音を
知らない限り、前には進めない」
そう考え、
自分と向き合うのための
ワークを繰り返していくうちに
自分を知った先で
「自分を受け入れること」が
何より大切だと気がついたのです。
少しずつ自分の本音を知り
受け入れられるようになると
これまで
自分を責めていた夜が減り
心が軽くなる瞬間が
増えていきました。
これまで抱えていた生きづらさや
違和感との付き合い方も分かって
毎日が少しずつ変わっていったのです。

私は、自分と向き合い
本音を見つけることで
これからどう歩んでいくかが
見つかりました。
そして、自分を受け入れる力を
身につけることで
安心して自分の足で
幸せに向かえるようになったのです。
しかし、それと同時に
あることが浮かびました。
自分の感情より
「世の中のルール」
を尊重すべき
相手を優先して
自分は後回しにすべき
あの人よりも
幸せになってはいけない
そんな
「感情を抑えた方が安全だ」
という価値観を
『日本の文化・教育』は
植え付けてしまっている!
自分の本音を知り
受け入れる力を軽視する
ルール優先の教育…
そして、子どもの本音より
大人の都合に合わせることが
「正解」とされる文化…
それにより、
「本当の自分が
わからなくなった」と
生きづらさを感じる人が
わたし以外にも
多くいるのではないか…

実際に、たくさんの人が
そんな過去の経験によって
「本音や感情を出してはいけない」
「感情を抑えた方が安全だ」
という生きづらさの
根本となる思考パターンが
作られてきたはずです。
ただ…
今の日本の教育や過去は
あなたがどう頑張っても
変えることはできません。
そして、
それが当たり前とされ
生きている中で
自分だけが変わることも
非常に難しいのです。
なぜなら、それが
世の中の”普通”だからです。

だから、
私のように心が病んで
生きづらくなったとき
どうすれば良いのか分からず
一人で抱え込んでしまう人が
たくさんいるのではないか。
そうして私は、
自分の気づきを誰かに伝えたいと
強く思うようになりました。

「あなたの感情は
無くなっていない」
「本音を出すことは
悪いことでも
怖いことでもない」
「これからでも
見つけていける」
そう思えるようになって
本当の自分の気持ちを知って
受け入れることができる
その力を手に入れたことで
自己犠牲から抜け出し
自分のことを
大切にできるようになった。
あんなに疲れていた
周りの人との関わりも
自然と優しく心地よいもの
になりました。

例えば、
誰よりも闇や弱さを
知られたくなかった友人に
本音や経験を話すことができて
一緒に泣いてくれる優しさを知った。
また、本音を見つけて
受け入れられるように
なったことで
「自分は何を感じているのか」
「本当に伝えたいことは何か」
を知ることができて、
少しずつ素直な気持ちを
言葉にできるようになりました。
その結果、
今では感情が溢れて
止まらないほどに。
「本当に伝えたいこと」
それは、感謝であったり
今までは見つけられなかった
愛であったり…
たくさんの感情を見つけて
それらを伝えられるように
なったことで
周りと温かく心地よい関係を
築くことができるように
なったのです。

以前の私には、
今のような人生を
想像することすら
できませんでした。
そんな私を変えたのは
偶然口から出たひとこと。
「自分の人生は自分で
選ばなければならない」
というメッセージが
私の本心を気づかせて
くれたからです。
「本音を出すことは
悪いことでも怖いことでもない」
これらを受け入れ、
自分を知っていくことで
私はまるで
生まれ変わったかのように
人生を変えることが
できました。

以前の私は
周りが求める
偽りの自分を演じ続けて
自己犠牲の先にしか
自分の存在価値はない
と本気で思い込んでいたのです。
しかし、
ひとことの気づきを
きっかけに
自分自身と向き合い
自分を知り受け入れることを
始めました。
そして、どん底のまま
終わりを迎えるはずだった
人生という物語を
書き換えることが
できたのです。
実は、これ…
誰にでも
実現可能です。

なぜなら、
私のような凡人でも
変わることができたのですから。
自分のことが嫌いすぎて
明日に希望なんて持てなかった。
自分なんて生きてる価値ない
と本気で思って、自己否定の毎日。
決して特別で輝かしい人間ではなく
ただの疲れ果てた一般人。
でも、
『自分を変えたい』
『今の状況から抜け出したい』
その気持ちで新しいことに
一歩踏み出しただけです。

「自分の人生は自分で
選ばなきゃいけない」
「本音を出すことは
悪いことでも
怖いことでもない」
そう思えたことで
自分への考え方が
変わりました。
そして、
正しく学んで正しい方向の
努力をすることが
大切なことだと
わかったのです。
私がこの記事を
書いている理由は
過去の私と同じように
絶望の中で苦しんでいる人が
いるかもしれない。
そんな人を
1人でも多く救いたいから。

そして
本来の自分を取り戻し
安心して明日を迎えられる
未来を手に入れて欲しい。
心からそう思っているからです。
だからと言って、
私の考えが
絶対というわけではありません。
色々な考えの方が
世の中にはいます。
その考えを否定する気も
ありません。
ただ、
これだけは言わせてください。
あなたの人生は
あなたが決めるものです。

誰かのためではなく
あなたが自分のために
あなたの足で歩んでいく人生です。
人生は無限にはありません。
命には限りがあります。
その限られた人生を
あなたはどうしますか?
そして、
もう過去には戻れません。
未来へ進んでいくしかないのです。
どうせ人生を過ごすのなら、
幸せで楽しいものにしたい。
穏やかに小さな幸せを
味わって生きていきたい。
そう思いますよね?

でも
8割の人は
「そんなことはどうせ無理」
そう諦めてしまいます。
しかし、この記事を
ここまで読んでくれている
あなたは
偽りの自分ではなく
本当の自分を見つけて
生きていきたい。
そう願っているはず。
それなら、
やることはただ1つだけ。
諦めずに歩み続けましょう。

大丈夫です。
この記事をここまで
読んでくれている
強い意思のあるあなたなら
偽りの自分ではなく
本当の自分とともに
歩んでいける。
その素質と可能性を
あなたは持っています。
今の自分ができることを
精一杯やっていきましょう。
小さな一歩が積み重なって
大きな一歩になります。
その小さな一歩を踏み出して
『自分を知り
受け入れること』
を学べば
あなたはもう
成長していくだけです。

大丈夫。
あなたは必ず
偽りの自分ではなく
本当の自分を見つけて
生きることができます。
もちろん
それまでの道のりは
楽な道のりではありません。
楽ではないですが、
隣を見てくれたら私がいます。
一緒に頑張りましょう。
私があなたを
未来へ導きます。
明日へ希望を持てる
人生にしましょう。
この人生の主役は
誰でもない
あなたなのですから。

今回も最後に
簡単なワークに
お答えください。
実際に行動できる人は
たったの2割です。
===========
本日のワーク
===========
Q.あなたが人生で1番
大切だと思うことは?
例) 感謝の心、自分の気持ち
安心できる繋がり など
☟こちらからお答えください。

※10秒で終わります。
回答はわたしにしか
表示されませんので
安心してくださいね。
今日も最後まで
読んでいただき
ありがとうございました!
また明日の20時に
ここでお会いできるのを
楽しみにしています。
スイ



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